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(東海道五十三次)
(中山道六十九次)のみ

<よもや話>

「江戸時代に行ってみたい」出来ることならば…と望む人が多いようです。「この場所は昔はどうだったのか?」「どんな臭いがしていたのか?」「どんな人達が暮らししていたのか?」書籍やテレビ、または古写真から想像は出来ても、やはり実物を見て感じてみたいものです。
そんな人にお薦めしたいのが街道歩きです。街道には歴史が詰まっています。日本橋から京都までは歩くと20日前後かかりますが、現代では、新幹線に乗れば2時間半です。
峠道を3時間かけて歩いても、電車に乗ればトンネルを抜けて5分で着きます。
ではなぜ街道歩きなのか?
実は、歩くことによって昔の時間が体感出来るからなんです。<時代の変化>は<時間の変化>とも言えます。その時代の時間基軸を持てないと時代がわからいものです。
つまり、歩くことで歴史を体感することが出来るんです。なぜ宿場がここにあるのか、神社仏閣の成り立ち、なぜここに人が集まったのか。車で通過すると、ただの樹齢ある大木でも、歩くとまったく違って見えます。自然、生活の知恵や小道具にいたるまでが実によくわかります。
現代社会の時間基軸で見失ってしまったものが見つかるかもしれません。
昔の時間を体感しながら、歴史を感じてみて下さい。それぞれの街道にはたくさんの歴史があるんです。

■用語解説

○宿場
徳川幕府の駅制の中で、人馬の継立と通信業務、宿泊施設の提供などを行ったところ。各宿場には、本陣、脇本陣、問屋などが置かれた。
○本陣
参勤交代の大名、公家、また幕府役人などが公用の旅で宿泊した所。
土地の旧家など由緒正しい家が多い。
○脇本陣
参勤交代の共をした家来などが宿泊したところ。
○旅籠
一般の旅人が利用した宿泊施設。
食事付きのものが旅籠、食事無しのものを木賃宿という。
○問屋場
馬の手配や次の宿場までの荷物の受け継ぎなど、
人馬の継立を行うところ。
○高札場
幕府の禁制や法度などのお触れを掲示した施設。
宿場の出入口に置かれた。
○見付
宿場の出入口には、見付と呼ばれる構造物があった。
この間が宿場の範囲となる。
○一里塚
一里(約4.0㎞)ごとに塚を築き、その上に大木が立つ。
現在のキロポストと同様、里程の目印であり、
街道を旅する人々の休憩場所でもあった。
○追分
街道が分岐するところ。各地で地名として定着している。
茶屋が置かれている場合が多く、休憩場所としても利用された。
○立場
宿と宿の間にある休息所。人足や駕籠かきなどが一服し、
名物茶屋などが多かった。
○間の宿
宿場間の距離が長い場合や、峠越えなどの難路の場合、宿場と宿場の間に休憩用の「宿」が置かれることがあり、「間の宿」と呼ばれた。
参勤交代用の本陣が置かれていた場所も多い。
しかし、宿泊は出来ない。立場から発展したものが多い。


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